デジタル家電の「オープン&ソーシャル化」は何をもたらすか──Mobile5勉強会から
「Mobile5──HTML5の現状とこれから」(ATND)に参加しました。いい意味でバラバラな視点が集まったHTML5勉強会でしたが、その中で「家電/組み込み分野でのHTML5の可能性」の話には特に刺激を受けました。
この発表を主な題材として、「家電のもう一つの未来」を考えてみます。
まず、この勉強会のメニューは次のようになります(当日発表順)。またTogetterに実況ツイートがまとめられています。
- Tizen市場の予測(バイドゥ今村博宣さん、SlideShare)世界市場では数千万台規模になることが予想されているTizenのインパクト。
- モバイルにおけるHTML5の現状と今後の予想(GClue佐々木陽さん)スマートフォン分野でHTML5に特に注力してHTML5Testで高スコアを記録しているのはTizen、BrackBerry10など後発組。マーケットが立ち上がればチャンスはある。
- 組み込みにおけるHTML5の意味(豆蔵 渡辺知男さん、SlideShare)説明が必要なので詳細は後述。
- ウェブ標準とは一体何だったのか?HTML5ができるまでの苦悩とこれからの未来(サイボウズ・ラボ竹迫良範さん)HTML5での差別化ポイントはJITによる高速化ぐらい。JIT実装不備によるセキュリティ脆弱性(例としてJIT-Spray攻撃)が発生する懸念を指摘。
- HTML5は流行るのか?(仮)(京セラコミュニケーションシステム 平野裕介さん)HTML5をdisってみる。特にモバイルデバイスのHTML5対応は程度の差が激しい。例えば、デスクトップの主要ブラウザとiOS、Android、古いWindows Phoneなど「主要ブラウザに全部対応して」と気軽に注文されると「Androidの機種依存なんて目じゃない」ぐらいにひどいことになる。だが、より多くの人々に何かを「届けたい」とき、HTML5には大きな価値がある。
- J’s HTML5/NodeJS Framework(J.Mauriceさん、GitHub)コードを最大限に再利用する意図で開発したHTML5/Node.jsのためのフレームワークの紹介。
さて、渡辺知男さんの発表では、デジタル家電と「ソーシャル開発」(Scratch、mbed、on{x}のように開発環境の敷居を下げて、成果物をWebで共有できるようにするイメージ)を結びつけて何ができるか、というデモを見せました。
- Node.jsによるサーバ(家庭内サーバでNode.jsが動いているイメージ)
- on{x}(Microsoftが開発したAndroidアプリ)によるソーシャル開発アプリ (TechCrunchの記事、Engadgetの記事)
- ADK (Androidと接続して外部入出力機能を拡張)
- Androidスマートフォン
これらの要素を組み合わせることで、「外出先で、Android端末を操作してエアコンの設定温度を変更する」といった機能を手軽に実現できます。しかも、使われている技術はWeb標準ばかり。
こうしたデモが何を意味しているかといえば、デジタル家電の「オープン&ソーシャル化」です。例えばですが、家電の制御機能をWebSocket経由で利用可能なように解放しつつ、誰でも制御プログラムを開発して共有できるようなプラットフォームを同時に提供したら何が起こるでしょうか?
今の世の中、「垂直統合」が流行しています。自分の会社の製品・規格・サービスにより顧客をがっちりロックインして収益化するやり方です。「ビジネスのプラットフォームを提供する」といった言い方をする場合もあります。
ただ、この垂直統合/プラットフォーマー戦略は体力がある企業でないと実行できません。AppleのiOSエコシステム、Microsoftが挑むWindows 8/RTタブレット、それにNTTドコモの自社サービス向けにカスタマイズされた端末群、いずれも強大な支配力を持つ会社だから実現できている訳です。
こういう垂直統合のがっちりした戦略に対抗するのは大事になります。体力が落ちている日本の電機メーカーには、正直いってお勧めしにくい。
そこで考えられるやり方は何か。垂直統合とはちょっと違う切り口ですが、同じように現代的なアプローチがあります。標準技術(Web標準)に最大限準拠させて、「外部のイノベーション」と組み合わせるのです。企業の外側の知恵と開発力を味方に付けるアプローチですね。
外部のイノベーションの理論は、『民主化するイノベーションの時代』が分かりやすいと思います。
最も分かりやすい「外部のイノベーション」は自社製品をオープンソースにして、外部のアイデア、開発能力、デバッグ能力を取り入れることです。
これ以外にも、Web APIの解放も社外のアイデアを取り入れる方法の一つですね。例えば、通信会社でもAT&Tは自社APIのハッカソンを開催して「外部のイノベーション」を取り入れる姿勢を示しています(ITproの記事)。
例えば、デジタル家電に要求される機能をすべてリストアップして、すべて自社内で実装して、保守しつづけ、それでいて時代の最先端を走っているようにする──という考え方には無理があります。要求はどんどん新しくなり、要求される機能のリストは長く、多様化していくでしょう。
では、開発機能をオープンにして、外部の開発者が好きなようにアプリを作れるようにしたらどうか。それも、特殊な環境ではなくWeb標準で作れるようにしたらどうなるか。
そう考え始めると、結構いろいろなアイデア、可能性が浮かんでくる人も大勢いるのではないかと思います。
家電やガジェットの類にサーバを載せて(例えばNode.jsを載せて)、基本機能を外部から(例えばWebSocketにより)制御可能とすることは、今なら難しくありません。
クライアント側も、例えばWebWocketでリアルタイムにサーバ側の機器を制御するアプリを開発することには、特に大きなハードルはありません。HTML5でブラウザで動くクライアントにしてもいいし、on{x}のような枠組みを使ってもいいし、専用アプリを開発してもいい。
セキュリティ対策なり、無駄なトラフィックや電力消費を防ぐ工夫なり、個別に工夫が必要な事柄はたくさんありますが、それはエンジニアリングにより解決の道筋は付けられるはずです。
可能性は「外出先からオンオフや設定温度を切り替えられるエアコン」だけではありません。例えば、こんなユーザー開発アプリの可能性を考えてみましょう。「外出先から録画予約の追加や変更が可能なHDDレコーダー」は単品としてはすでにある訳ですが、こうした制御機能をもっとプログラムから使いやすくしたら、どうなるか。例えばアニメの感想を共有できる「あにみた!」のようなサービスと連動させて、話題が沸騰しているアニメ番組の録画予約を自動で(あるいは手動だが非常に少ない手間で)追加できるようにする、といったアプリをすぐ作れるようになります。
こうしたソフトウエアやサービスのレイヤーでの機能追加をユーザが勝手にできるようになれば、「機器としての面白さ」ががぜん変わってくると思います。例えば「家電制御アプリのマーケット」があって、ユーザー開発の力作アプリが並んでいたりするのも、楽しそうです。
日本の開発者コミュニティはよく成熟しています。無数の勉強会を開いたり、自主的に面白いソフトウエアやサービスを公開している訳ですが、これは相当に成熟したコミュニティでなければ観察できない動きです。こうしたコミュニティによる「外部のイノベーション」が機能するような、魅力的な枠組みを持った「オープン&ソーシャル家電」を作ることができれば──それは技術的には特に難しいことではありません──実は日本という国の強みを最大限に生かせるかもしれません。
追記:
渡辺さんのBlogに関連記事が載りました。
関連記事:
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