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『イノベーションのジレンマ』は他人に伝えることが難しく、実行はもっと難しいという個人的な思い出

日本のハイテク大企業の業績不振について考えるときには、クリステンセンの『イノベーションのジレンマ 』はちゃんと読み返した方がいい、という話を、個人的な苦い思い出を題材に書いてみます。

ある技術分野Aが持続的な性能向上・品質向上を続けるうちに、市場の多数派の要求を上回ってしまう。そして必要十分な性能・品質で低価格な技術分野Bに市場を奪われてしまう現象が起きます。持続的な性能向上・品質向上を「持続的イノベーション(sustaining innovation)」、そして前者の市場を奪ってしまう必要十分な性能・品質の技術の登場を「破壊的イノベーション(disruptive innovation)」と呼びます。そしてデジタルな技術は、あちこちの分野でこの破壊的イノベーションを引き起こしている訳です。

破壊的イノベーションの理論には、思い出があります。クリステンセンの本が出るずっと前(原書も出ていない時期でした)に、当時は横河ヒューレット・パッカード(現、日本HP)の社員だった山野修氏から教えてもらったのです。日本語の文献がなかった時期ですが、山野氏は勤務先の社内研修で知ったそうです。山野氏は現在、EMCジャパンの社長です。こういう理論に早い時期から関心を示すような人はやはり出世するのですね。

そういう貴重な情報だったのに、当時の自分は「これ、結局あと付けの理屈じゃないですか」てな感じで今ひとつ納得感を持てませんでした。出世できない人の典型的なパターンですね(苦笑)。

なぜ納得感を持てなかったというと、何が破壊的イノベーションになるのかは、破壊が起こってみないと分からない、と感じたからです。ある技術が破壊的イノベーションになるか否かを決めるのは顧客であり、市場です。技術の水準ではないのです。ということは、新技術の研究開発をする人の助けにならないじゃないか、と思ってしまったのです。

クリステンセンの本は、技術の予測をする人の目線ではなく、大企業の経営者の目線で書かれています。ベンチャーの技術革新に「破壊されないようにする」にはどうすればいいか、という書き方になっているのです。そして、技術者の目線から見ると冷酷な部分があるとも思います。例えば二つの技術を、別の組織に開発させてガチで競争させろ、と言っています。例えばHPがインクジェットプリンタとレーザープリンタの事業を、組織を分けて競争させたという事例を挙げています。

破壊的イノベーションの理論は、技術予測や研究開発に関心がある人には、今ひとつピンとこない部分があるかもしれません。当時の私のように。

その一方、「大企業はXXしないとダメになる」という議論の根拠とするには、破壊的イノベーションの理論はきわめて優秀な理論といえます。儲かっていて、技術的な優位性も確保しているコア・コンピタンスに経営資源を集中し、文句なしの優秀な経営を行った結果、破壊的イノベーションに市場を奪われてしまう現象が起きるのです。それを防ぐ方法は、先に挙げた組織どうしの競争のように、それなりの対価を伴うものとなります。

私は、前の会社をやめる直前の2005年当時の職場を思い出します。その職場の隣には、割と権威がある専門誌『日経エレクトロニクス』の編集部がありました。私も『日経エレクトロニクス』の編集部には1986年から1990年まで所属していましたが、さすがに15年経つと編集部の人間は入れ替わっていました。そして2005年当時の編集部員は「大画面・薄型で高く売れるテレビ」や「Cell搭載のPS3」といった日本の電機メーカーの最新のテクノロジの話を好んで取り上げていました。

当時の私は「これはダメだ」と思っていました。なぜかというと、さすがにその頃には破壊的イノベーション理論が身にしみていたからです。

私は、最初に「破壊的イノベーション理論」を聞いた時はピンとこなかったのですが、その後に『日経オープンシステム』(現、『日経SYSTEMS』)の編集現場で実際の破壊的イノベーションの進行過程をじっくり観察する機会を得ました。優秀な人々が設計して豊富な実績を持っていたメインフレームやミッドレンジコンピュータ(いわゆるオフコンなど)の市場を、専門家からはオモチャと思われていたPCが奪っていく過程をリアルタイムで観測した訳です。いわゆる「クライアント/サーバー」ブームの時期でした。破壊的イノベーションとは恐ろしい現象だとつくづく思いました。

そして、企業ITで起こったことと同様の破壊的イノベーションが、デジタル家電の分野で起こることは、ほとんど必然と思えました。

テレビは大画面で高価になるほど市場を狭めていくだろう。ソフトウエア開発のコストが高騰するハイエンドゲームコンソールは厳しいビジネスになるだろう。PS/3が搭載したCellは特殊なアーキテクチャでソフトウエア開発が難しく、いかに性能が優れていても半導体として外販して成功することは難しいだろう。いずれも、教科書的な「イノベーションのジレンマ」そのものです。

一つの解決策としては、「そこそこ」の品質でより低価格なデジタル家電製品も併売して市場を確保しつつ、オンラインサービスで付加価値を提供することや、システムソフトウエアのアップデートで継続的に価値を高めていくことで顧客をつなぎとめる施策が考えられます。デジタル家電の価値を高めるには「サービス化」が最も重要といえます。そのお手本も当時すでにありました。iPodとiTunes Storeはこの時点で成功していたのです(やがて、iPhoneでさらに大きな成功を収める訳ですが、サービス化のモデル事例はすでに存在していた訳です)。

が、当時の職場ではそういう「後ろ向き」な話は周囲にまったく通じませんでした。大画面テレビでは外国勢が日本のメーカーに敵うはずがない、なぜならディスプレイデバイスの技術、画像処理の技術のノウハウの蓄積が全然違う、と思われていました。Cellの技術記事は読者に非常に人気があり、誌面では「これだけ半導体ががんばって性能を出せるようにしたのだから、ソフト開発者もがんばって付いてきて欲しい」という論調がまかり通っていました。

「今、皆さんが夢中になっているトレンドは、そのうち破壊的イノベーションにより市場を奪われる可能性が大きいですよ」といった話は歓迎されませんでした。その手の話は封印したままで、私は会社を去ったのでした(念のため「話が通じなかった」ことが会社を去った理由という訳ではありません)。

私は不思議に思っています。「イノベーションのジレンマ」は日本の大企業の幹部クラスであれば熟知していたはずの知識です。2001年には『イノベーションのジレンマ』日本語訳が出ています。だいたい、私がこの理論を知っていたぐらいなのですから、日本のエリート層が知らなかったはずがないのです。

実際、私が持っている本の帯には、ソニー会長兼CEO(当時)の出井伸之氏による推薦文が記されています。

「変革の時代、過去の成功体験こそが企業自己変革の足枷となる。この困難を克服するためのヒントがここにある。」

当時のソニー経営者であった出井氏は「破壊的イノベーション」理論をよく承知していたのです。他の電機メーカーの経営幹部も、クリステンセンの理論を全く知らなかったとは考えられません。

高価な大画面テレビが、必要十分以上の品質でより低価格な外国製の大画面テレビに市場を食われるのは、典型的な「イノベーションのジレンマ」です。日本の電機メーカーの経営幹部は、そんなことは先刻承知だったはずです。

それなのに、日本の大企業の経営幹部は、なぜ理論を実際の経営に生かせなかったのでしょうか。

優秀な経営者、エンジニアががんばって製品の品質・性能を高めていくほど、ローエンド製品だと思ってバカにしていた相手から市場を奪われていく現象が「イノベーションのジレンマ」です。そして、それが日本のエレクトロニクス業界では実際に起こった訳です。

私はそのことを今でも苦痛に感じています。専門メディアの一員であった自分は、あの業界の一員でもあったからです。

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