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「企業からの自由」「評判という資本」「ゲームに学ぶ組織」──IBMの未来予測「GIO2.0」は今こそ面白い

「企業の外にいる個人が力を持つ時代」といった話をすると「はいはい、よくある“ノマド論”でしょ」などと思われるかもしれません。しかし、これは世界的な大企業であるIBMが、世界30カ国以上の248人の頭脳を結集して実施した未来予測*Global Innovation Outlook 2.0(GIO2.0)*に出てくる話なのです。

Global Innovation Outlook 2.0は2006年に発行された文書ですが、6年経った現時点の方が腑に落ちる箇所もたくさんあります。「企業と個人の関係」や「組織の未来」に関心がある人は、一回は目を通しておいて損はない文書です。

この文書は日本語版があります。次のリンクからPDFをダウンロードできます。

Global Innovation Outlook 2.0 (日本語訳・PDF)

GIO20

このGIO2.0の実施内容ですが、とんでもない規模です。

GIO 2.0 では、30を超える国および 地域から178の組織を代表する248人のオピニオン・リーダーが、4 大陸で15 回の Deep dive セッションに参加し、3 つのテーマと、ビジネス や社会に影響を及ぼす新たなトレンド、 課題、機会について討論しました。

248人のうち180人はIBM外部。IBM内部からも「多数のトップ研究者、コンサルタント、ビジネス・リーダー」が参加しました。こういった「世界のエリート層が何を考えているのか」を知る資料としても興味深いものがあります。

「Deep diveセッション」が開かれたのは、北京(中国)、ニューデリー(インド)、チューリッヒ(スイス)、サンパウロ(ブラジル)、サンフランシスコ(アメリカ合衆国)の5カ所。文字通り世界中の叡智を結集して作られた調査研究である訳です。

そのアウトプットとなる報告書は、統計の数字がずらずら並ぶ──といったスタイルでは全くなく、22項目の*インサイト(洞察)*が、印象深い言葉使いの文章によって描かれています。韻を踏んだタイトルも目立ちます。

まず、GIO2.0は、次の3大テーマに関する調査研究報告です。

  1. The Future of the Enterprise
    「知識の時代」の組織の基本構造と原則とは。企業の変化とは。
  2. Transportation
    移動の自由化。都市計画。
  3. The Environment
    環境持続性と、民と官のイノベーション。

今回の記事では、このうち「The Future of the Enterprise(企業の未来)」に注目してみます。

どうやら、それぞれの項目がMECE(Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive=漏れなく、ダブりなく)の原則に沿って独立しているようです(マッキンゼーあたりのコンサルティングファームが報告書の取りまとめに協力しているのかもしれません)。ということは、全項目を一通り見る必要があります。

そこで全22項目の*インサイト(洞察)*のうち、「総論」にあたる3項目と「企業の未来」の6項目について、順番に見ていきましょう。まず総論から。

The power of networks(ネットワークの力)

2004年の(第1回)GIOでは、「個人」の影響力が、かつてないほど広い範囲で強力なものになりつつある事が報告されています。2006年のGIO2.0では、この個人の力の源泉が、何か単独の力ではなく「より大きな人的ネットワークやアイデア」の活用にあることが描かれています。ネットワークで結びつく個人の力が、大企業が注目するパワーになっているのです

印象的な言葉が出てきます。

この10 年間の通信ネットワークの急激な発展は、人、場所、 アイデアをまったく新しい方法で結びつけただけでなく、社会構造をも大きく進化させる触媒ともなりました。突然、物理的、地理的境界を楽々と乗り越えられるようになったのです。そしてその自由の中から、従来の組織や国家の壁を越えて手を組もうという新しい意識が生まれました。

中東諸国の民主化運動で、インターネットサービスが重要なツールとなったことを予言しているように思えます。

Line of sight(因果関係を見通す視野)

次の一節がやはり印象的です。

GIO の参加者からは、コンピューティング能力、ネットワーク・インフラス トラクチャー、データ分析などにおける最新の成果を新たな製品、サー ビス、プロセスに活かし、エネルギー使用量、交通渋滞、労働力の配置 などの全体図をリアルタイム情報として意思決定者に提供できるような機会が、数多く存在すると示唆しています。分散化・多様化が進む情報源から豊富なデータや情報を取り出して使いこなすことは、社会とビジネス のイノベーションにとって「次なる大きな可能性」となるでしょう。

「オープンデータ」や、データの可視化・インフォグラフィクスの重要性の話の背景として重要な認識といえます。

人々に、判断のための視野(データ)を与えよ──これは情報技術が世界に役立つためのやり方として、最も正攻法といえるやり方でしょう。

Flipping the equation(逆転の発想)

GIO2.0の参加者は

現在注目を集めているものとは正反対の分野に知的エネルギーを注ぐことによって、新たな飛躍と進化を図ることができる

という考えを持っていることが分かったそうです。現在の企業の知的リソース配分が正解ではないとみんな思っているのです。

「人目を引くような製品の設計ではなく、なぜスラムの環境を改善する設計に取り組まないのか」という厳しい指摘も出てきます。

ここから先の6項目が、いよいよ「未来の企業」に関する内容となります。

Forget about free enterprise. Think enterprise-free(「企業から自由になること」を考える)

原文の「見出し」には工夫があります。「フリーなエンタープライズのことは忘れよう。エンタープライズ・フリーについて考えよう」。とても印象的です。

未来の管理モデルは、 かつて「 企業」を区切っていた境界の枠にとらわれず、そのかわりに複雑かつ変化する個人のネットワークをいかに調整するかということに取り組む必要があります。

GIOの参加者は「仕事の流動性」を肯定的に捉えています。ハリウッドの映画スタジオのように、プロジェクト単位で才能を集められる組織が求められる、との認識も出てきます。

「最もイノベーティブな企業は、パートナー拠点や生産拠点を、継続的かつ機敏に調整する」という言葉が出てきます。優れた企業ほど、社外のリソースを柔軟に使いこなすようになるのです。

職人組合「ギルド」のような知識労働者のギルドが登場するかもしれない、という知見も示されています。

Talking ‘bout my reputation(ところで自分の評判は)

GIO2.0の参加者は「reputation capital(評判という資本)」の概念を語り合っています。

例として、WikipediaやネットオークションeBayの参加者が、客観的なランキングにより「評判」を蓄積していく様子を挙げています。eBay の評価を表す「トラスト・マー ク」を就職活動に利用する学生も出ていると報告されています。

最近日本で登場したサービス「Forkwell」ではエンジニアがスキルを相互評価します。「評判(reputation)」を指標化、見える化することには抵抗を感じる人も多いでしょうが、そのニーズは高まっています。

A small world after all(小さな世界)

大企業も、小さな企業の賢さ・俊敏さを取り入れようとしています。 「ヨーロッパでは、社員数10 名にも満たない会社が全企業のほぼ 90%を占めています」とあります。巨大企業であるIBMの報告書に「小さい方が有利な場合がしばしばある」と記されていることには注目してもよいとおもいます。

Success will depend on how well you play the game-literally(成功を左右するのは「ゲーム運び」)

従来型の指揮系統型組織とは全く異なる組織の例として「多人数参加型大規模オンライン・ゲーム (MMOG: Massively Multiplayer Online Games) 」が例として出てきます。IBM主催の世界的な会議でオンライン・ゲームについて熱心な議論が出ていたとは。

「MBA(経営学修士)カリキュラムは再検討の時か」といった刺激的な見出しも並びます。

Rewriting the employer-employee “contract”(雇う側と雇われる側の「契約」が変わる)

高齢労働者の専門知識の活用は、IBMなど大企業では大きな課題となっています。退職制度はブルーカラーのための制度で、知識労働者には別のやり方があるのではないか、という問題提起です。

また、一部のGIO参加者は「個人のリスク要因をいくらかでも軽減するには、ソーシャル・ネットワークが安定剤になるのではないか」と考えています。例えば*ソーシャルネットワーク型健康保険組合*のような構想です。

Innovation as a mindset, not a department(「部門」ではなく「思考様式」としてのイノベーション)

このタイトルが印象的です。「イノベーションは主に研究開発グループが担当するもの」という従来の考え方を転換する必要がある、という問題式を表しています。

GIOの参加者は「従来の考えに基づいたイノベーションは上手く機能していない」と考えています。一部の研究開発組織ではなく、企業文化としてのイノベーションが必要、という考え方が出てきています。しかもビジネス・イノベーションが順調に進んでいる企業は、収益の指標が明らかに優れる、としています。

特に一節は印象的です。

大金を費やして新興市場に研究施設を構築するよりも、新しいアイデアやイノベーション要素を捉える「センシング・ハ ブ (sensing hubs)」と、企業の既存アイデアをすぐに収集できる受信機を置く方が、優先度が高いということを暗示しています。P&G社では新しいイノベーションの3分の1以上を、このモデルを利用して生み出しています。

おそらく、IBMを含めた世界の大企業は「伝統的な研究所は時代遅れだ」と思い始めています。そして、企業の組織全部、それどころか企業の外側の才能も活用したイノベーションを推進するための企業文化が必要だろう、と感じている訳です。

まとめ

以上、GIO2.0の総論部分と「未来の企業」に関する項目を駆け足で見てきました。

GIO2.0の文書は比較的コンパクトな作りですが、そこに込められている知識・概念の範囲は広く、読み進むのは結構疲れる作業でした(訳文が外資系企業の作るドキュメントらしく、ちょっとこなれていない部分もあり)。

しかし、こうして印象的な部分を抜き出したメモを見ているだけでも、なかなか面白い資料だと思いませんか?

「どこかで聞いた」ような話もあちこちに出てくると思います。これは言ってみれば「時代の精神」です。

「インターネットが社会インフラとなる」「人々にデータを」「ハリウッド的組織」「流動化する人材」「評判という資本」といった概念は、今や広く流通するミーム(meme)となってネットワーク上に広がっています。このGIO2.0が「元ネタ」になって普及している概念もあるでしょう。

「世界の大企業が何を考えているか」。「どの概念が浸透し、どの概念は浸透しなかったか」。そうした視点でこの文書を読み込んでみるのも面白い作業になると思います。

関連記事:

(注1)今回「GIO2.0」を読み返すきっかけとなったは、横浜Androidプラットフォーム部(横浜PF部) 第21回勉強会(ATND)のUstream中継です。台湾を拠点に世界を飛び歩く @noritsuna 氏が、「GIO2.0」を引き合いに出して、「企業がone man companyを支援する時代に。個人が開発したAndroid日本語入力ソフト『Simeji』をバイドゥが買収した件もその流れ」といったお話をしているのに目がとまりました。GIO2.0は以前流し読みしてそれっきりになっていたので「これは一回読み返してもいいだろう」と思ったのです。きっかけを与えてくれた @noritsuna 氏に感謝します。

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