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人類皆移動民、市場経済の終着点で「個人の力」が社会を変える──ノマドの黙示録『21世紀の歴史』を読む

経済人による未来予測です。実に刺激的なビジョンと名言が詰まった本です。時々読み返すたびに発見がある本なので、ここに取り上げてみました。

「市場経済・民主主義」が終わる

本書『21世紀の歴史――未来の人類から見た世界』はいわゆる「ノマド論(ノマドワーカー論)」の中で引用される事が多い本なのですが、本書が語る概念は「個人の働き方の変化」といった生ぬるいものでは全くありません。 現代の不安定さは、「市場経済と民主主義」という私たちがよりどころとしてきた思想的・経済的・政治的フレームワークが最終段階に来て、終焉が見えてきたことによる、という考え方が本書の主軸にはあります。ノマド(移動民)の増大は、その予兆の一つなのです。経済史の観点では、アメリカの経済的覇権は終わりが見えているが、その後継となる新たな経済的中心(本書の言葉では“中心都市”)は現れないかもしれない。そして、国家の統制力は弱っていき、力を増した市場経済の力が国家に取って代わることになる…… ここでお断りしておくと、この本の展開を「全然分からん」「荒唐無稽」と感じる人も大勢いるのではないかと思います。原因から結果を導く思考法や各種統計の外挿による予測、といったアプローチでは全くなく、「歴史の変わり目に同時多発的に様々な事象が発生する」という「歴史的デザインパタン」を観察し、未来予測に結びつける考え方がこの本の根底に流れているからです。一歩間違えば「トンデモ」化する危険もあるアプローチですが、本書は高い基準で書かれていると思います。 強いて言えば、1970年代の大阪万博後の時期に小松左京が盛んに書いていた「未来学」に関するエッセイや、アルビン・トフラーの著書に親しんでいれば、本書の語り口にも取っつきやすいものがあるかもしれません。

なぜ経済人が未来予測をするのか

本書の著者ジャック・アタリはヨーロッパ復興開発銀行の初代総裁、つまりバリバリの経済人です。一方、『図説「愛」の歴史』など幅広い分野の著作を持つ文化人でもあります。著者は幅広い教養・洞察から人類の歴史を俯瞰し、市場経済の歴史上の転換点に注目し、その普遍的な法則を導きだそうとします。 この本は未来予測の本ですが、なぜ経済人が未来予測をするのか? 素晴らしい言葉が出てきます。 **銀行家とはリスクを冒し、未来へ投機する。つまり、未来を予測しようと試みる輩である。**(p.81) どうも、私たちの周囲では銀行=保守的、というイメージが定着してしまっていますが、振り返ってみれば大航海時代の銀行とは、投資性資金を集め、リスクとリターンを複式簿記の技術により冷徹に判断しようとしたファンドであった訳ですね。 そして、この本には、刺激的な言葉がたくさん出てきます。例えば、 「**音楽は未来を予告する。**(p.89)」 この言葉は、18世紀の後半の時代の転換点の前兆として出てきます。オペラの歌詞が、それまで音楽先進国の言葉イタリア語で書かれるのが当然とされていたのが、各国の言葉で書かれるようになります。これはある権威が消えつつあるサインです。著者の見方では、アムステルダムからロンドンへ経済的中心が移動することを予告していたことになる訳です。 例えば1782年に作られたモーツァルトのオペラ『後宮からの脱走』の歌詞はドイツ語です。モーツァルトが登場する映画『アマデウス』では「イタリア語ではなくドイツ語のオペラを作りましょう!」と力説する場面がありますね。 当方の感想ですが、今の音楽で使われる「リミックス」は、いろいろなものを予言しているのだと思います。今日的なイノベーションは、様々な要素・才能のリミックスの形で進むようになっています([関連記事](http://hoshi.air-nifty.com/diary/2012/06/ibmgio20-fb78.html))。Web方面の「マッシュアップ」の登場や、知的生産の方法、企業活動の方法の変化につながるものがあると感じます。

人類、皆ノマド

そして、人類の歴史は、定住民とノマド(遊牧民)の衝突で進化し、個人の自由を増大させる方向に向かった──このように著者は喝破します。農地を開拓して定住した人々は、蓄積した富を求めて攻め寄せる遊牧民から身を守るため、青銅器や鉄器を作り、文明を発達させてきた。定住民の帝国どうしが戦いに疲弊している頃に、交易で栄えたギリシア人は「市場民主主義」を発明した。この経済的・思想的フレームワークが、人々の自由を増大させながら現代まで続いている訳ですが、実は今「市場民主主義」フレームワークの浸透が最終局面を迎えつつあるのかもしれない──こうした予感を著者は感じています。 個人の自由が増大した結果、人類は孤立した移動民(ノマド)だらけになります。著者が言っていることを平たく言うと、 「**現代人は、皆ノマド**」 である訳です。大企業の幹部社員、大学の先生といったエリート達は年中世界中を旅行しています。平凡な人々はネットの上で世界中の刺激的な情報に親しんでいる。そして国を追われた大勢の難民が国境を越えて移動しています──生き延びるために。 本書の言葉では、エリートが「超ノマド」、多数派の平凡な人々が「ヴァーチャル・ノマド」、難民が「下層ノマド」です。

ノマド・オブジェの時代

本書の中で、ひときわ記憶に残る言葉が"ノマド・オブジェ"です。ノマドは、古来より「移動しながら生活するのに役立つ携帯可能なオブジェを常に愛する」習性がありました。例えば、お守り、武器、宝石、楽器・・・そして今、最も愛されるノマド・オブジェはスマートフォンです。 スマートフォンや、より個人に密着したデバイスが個人情報を収集し、人々は個人情報を明け渡す代わりにサービスを受け取るようになるだろう、そんな世界観も描かれます。例えば、健康状態を常時監視するデバイスを身につけていれば健康保険の料率が優遇される、そんな近未来がやってくるだろうというのです。

資本主義は、すべてを破壊する

「**資本主義は、資本主義以外のすべてを破壊する**(p.213)」という著者の言葉は刺激的です。市場経済の「中の人」が言うのだから、これは信憑性があります。破壊される対象は、古くからの共同体、家族、そして最終的には国家です。 情報テクノロジーが高度な資本主義を支え、そして高度な資本主義は伝統的な共同体を破壊する。旧来の国家は解体されてしまう。そして、その後に登場するのは“超ノマド”が支配者となる“超帝国”が登場します。 国家の機能は、強大化した保険会社、民間軍事プロバイダー、企業通貨がその代替となるろう、と著者は予測します。“超帝国”というとSFの用語のように聞こえますが、要するに **グローバル民営企業による安全保障・福祉・通貨の提供** が国家機能に取って代わるというイメージです。

世界は戦争の危機に満ちている

古い共同体・国家が弱体化・破壊された後に起こることは、戦争です。国どうしの緊張は高まり、核戦争の危険も増大する。反社会勢力もノマド化し、最新テクノロジーで武装した“海賊”勢力が世界中に現れる。非対称戦争が世界中を巻き込む。難民(下層ノマド)は武装難民となって国境を越える脅威となる──。 これを著者は“超紛争”と呼んでいます。サイバーパンク的な未来観です。 **「万人の万人に対する争いが始まる。」(p.238)** **人類の悲劇とは、人類はなんらかの可能性をもってしまうと、常にそれを行ってしまう点にあるからである。(p.280)** いまどきの戦争は、通常兵力で武装した軍隊が正面衝突して武力で勝敗を決する、といった通常型の戦争は滅多に起こらず、正規軍とゲリラやテロリストとの果てしない戦い(非対称戦争)になっています。アメリカとアルカイダの戦いを見ると、この“超紛争”の姿が見えてくるような気がします。 **「『中心都市』に対する憎悪の念は、『中心都市』が絶頂期にあるときではなく、衰退期が始まったときに巻き起こる」(p.246)** グローバル経済を批判する勢力も力を増すだろう、と著者は予言します。特に、宗教の力が大きくなるだろうとも。そして、反社会的なカルト集団も勢力を増すと予測しています。 ここで著者が語る悲観的な未来像は、「黙示文学」、あるいは「人類破滅テーマのSF」のようなものです。戦争が確実に起こるからもうダメだ、と言っているのではなく、「この悲劇を回避するために、我々には何ができるのか?」という問いかけなのだと思います。著者は本書の末尾で次のように語ります。 「これまで本書のなかで未来の地獄絵のような歴史を描いてきたが、本書がこうした恐怖を実現不可能にする一助となることを期待したい」(p.306)

利他的な行動原理を持つ個人の力が、社会を変えるだろう

そして、著者はこうした“超紛争”の後に、新たな社会秩序が生まれるだろう、とも言っています。それは、市場経済とは違う原理に基づく社会秩序で、“超民主主義”と名付けられています。これも難しい表現ですが、このBlogを読む人たちに分かりやすい表現で表現するなら、 **フリー&オープンソースを範とする文化が世界の新たな秩序となる** といった世界観です。 個人の力が増大し、利他的な考え方を実現できる力を備えた“トランスヒューマン”が出現する。経済学の前提である合理的・利己的な原理に従って動く「経済人」ではなく、人々に必要な財・共通資本を豊かにするために行動する人々が社会を変えていく──。 そして、トランスヒューマン達が活動するための手段として「調和重視企業」である政党、労働組合、NPO、NGOなどが登場する。そしてマイクロファイナンスも重要な役割を果たす。 著者は、今日の“トランスヒューマン”の具体例としてマザー・テレサやメリンダ・ゲイツの名前を、“調和重視企業”の例として赤十字、国境なき医師団などの名前を挙げています。そういう意味では、“トランスヒューマン”も、“調和重視企業”もすでに存在している訳ですが、著者はこのように言います。 「現在ではマイナーなこうした経済活動は、十八世紀初頭に資本主義がマイナーであった事実と同様、未来を予告する活動である」(p.293) 著者の考えでは、私たちが普段ニュースで目にしている経済活動、国際ニュースなどの背景には、壮大な「ノマドの黙示録」につながる動きがあるのです。 その時期は? 「二十一世紀末よりもかなり以前の時期になるのではないかと著者は信じたい」 利己的・合理的な市場経済が行き着く所まで行った先には、利他的な行動原理を持つ力を増した個人達が社会を変えるだろう──この考え方には、希望が含まれています。目の前で起きている事象の正体を見据えつつ、未来への希望を持ち続けることも、私たちには必要なのです。
関連記事:
[「企業からの自由」「評判という資本」「ゲームに学ぶ組織」──IBMの未来予測「GIO2.0」は今こそ面白い](http://hoshi.air-nifty.com/diary/2012/06/ibmgio20-fb78.html)

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