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[取材メモ] ABCの総務省谷脇氏講演を2年半の間隔を空けて見比べる──日本の産業界に必要なのは「プラットフォーム」の成功事例か

日本Androidの会の大きなイベント「ABC」では、総務省の谷脇康彦氏が毎回講演をしています。2年半の間隔を空けて、2つの講演を比較してみました。そこで見えてきたものは「『プラットフォーム』型ビジネスモデルが重要」という認識でした。

「プラットフォーム」は文脈により異なった意味合いで使われる言葉ですが、ここでは「複数の立場の事業者を結びつけ価値を創出するビジネスモデル」といった意味で使っています。

最も有名なプラットフォームは、Appleが構築したiPhoneのエコシステム(生態系)です。iPhoneを取り巻くエコシステムは、単に端末の製造販売というビジネスだけでなく、アプリ流通、音楽流通の枠組みを組み込み、垂直統合した「プラットフォーム」であると考えられます。Appleは、端末の製造ではEMSの力を借り、通信サービスの提供では各国の通信事業者の力を借り、iTunes Storeでは音楽産業の力を借り、App Storeでは多くのアプリ開発会社の力を借りていますが、iPhoneに関わる価値の創出に関しては強力な支配力を維持しています。

さて今回、比較対象とした2つのイベントはABC 2009 Fall(2009/11/30)と、ABC 2012 Spring(2012/3/24)です。比較に使った資料は次の2点です(どちらも私が書いた記事です)。

2009年11月の講演で谷脇氏は「競合事業者同士が連携するオープン・イノベーションが必要だ。政府としてもその動きを支援していく」と力説しています。iPhoneやKindleを引き合いに出し、新たな時代の「垂直統合型ビジネスモデル」の登場を期待するトーンでした。Androidアプリ市場にも期待する姿勢を見せています。当時の谷脇氏の役職は情報通信政策課長です。

ここでiPhoneとKindleの話題が出てきた意味は、どちらも情報通信分野で成功したプラットフォームの事例ということでしょう。

iPhoneについてはこの文章の冒頭で触れました。Kindleですが、これも単なる電子書籍端末ではありません。Amazonは、Kindleという端末だけでなく、同社のクラウドサービス上の電子書店を共に提供しています。そして、Kindleの3Gモデルでは、各国の通信事業者の回線を借りています。Amazonは、他社の回線を借りつつ垂直統合型のビジネスモデルを構築し、大きな収益を上げています。総務省がMVNO(仮想移動体通信事業者)を推進しているのは「Kindleのように他社の回線を借りる事業の成功事例が出て、産業として成長して欲しい」から、ということになります。

単なる端末メーカー、単なる通信事業者には、iPhoneやKindleのような強固な垂直統合型ビジネスモデル(=すなわちビジネスのプラットフォーム)を作ることはできません。日本の産業界がiPhoneやKindleに対抗するには、新たな発想、新たな企業間の協業が欠かせないでしょう。そのことを、情報通信分野を監督する総務省の役人である谷脇氏は強調し、カツを入れた訳です。

2009年の秋といえば、日本で出荷されたAndroidスマートフォンはHT-03Aただ一機種。まだNexus OneもGalaxy Sも登場していません。Androidにまだ不確定要素が多い時期です。もしも、この時期に産業界がAndroidに対して意欲的に取り組み、垂直統合型ビジネスモデル=プラットフォームを構築できていれば、大きな果実を得られる可能性があったと思います。

さて2012年3月の講演では「コラボレーションが重要」「異なる情報を結びつけマネタイズするプラットフォームが重要」「ソフトを軽視したモノ作りは非現実的」とさらりと指摘しています。産業界への期待はあまり強調せず、総務省のICT政策の紹介の比重が増えているように感じます。この講演時点での谷脇氏の役職は大臣官房企画課長です。

ざっくりした印象としては「温度感」が違っていたように感じます。

  • 2009年秋の時点では、Androidとクラウドが新たなICT産業の成長のきっかけとなることを期待
  • 2012年春の現時点では、Androidの急成長から得られた日本の産業界の成果は今ひとつだったことがすでに判明している

谷脇氏が2009年時点で指摘した「新たな時代の垂直統合モデル」に近い事例は登場したのでしょうか。私の考えでは、シャープの電子書籍マーケット&タブレット端末の統合である「GALAPAGOS」や、自社仕様の通信サービス向けアプリをスマートフォンに組み込んだNTTドコモの「SPモード」などが、垂直統合型ビジネスモデルといえるのではないか、と思います。ただし、結果はイマイチでした。

さて、2012年の講演で興味深かったのは「第3のプラットフォーム」という言葉です。キャリアでもクラウド事業者でもなく、コンテンツ所有者によるプラットフォームが出てきた、という指摘です。2012年の講演では、

  • Finantial TimesがAppleのApp Storeを迂回する形でHTML5ベースのWebアプリに移行したこと
  • ソニーらが映像コンテンツ配信のアライアンス「Ultra Violet」を結成したこと

この2事例を、「第3のプラットフォーム」として紹介しています。Finantial Timesも、Ultra Violetも、コンテンツ所有者の立場でApple、GoogleらITメジャーと闘っている訳です。

日本の産業界は、このような新たなプラットフォームの成功事例をなかなか作り出せていません。そこで「日本からはなぜアップルが生まれないのか」といった種類の言説をよく見かけます。たしかに、Appleは優れたソフトウエア、優れたデザインを持ち、優秀な製品を作っていますが、それだけではありません。Appleのビジネス上の成功は、単に優れた製品を作っただけではなく、製品/サービスを軸としてビジネスを回転させるためのプラットフォームを構築し、その主導権を握っていることによります。

プラットフォームの構築には頭(=想像力、創造力)を使う必要があります。日本の産業界が最も必要としているものは、従来とは違う新たな組み合わせによるビジネスを発想するための「頭」ではないかと思います。もちろん、頭には体(実行能力)がくっついていることが前提ですけれども。

このプラットフォームに関して参考になりそうな本を挙げておきます。

本書は、ビジネスの「プラットフォーム」に関する入門書です。技術の本ではなくビジネスの本です。ザックリ、アッサリした書き方なので実務者には不満が残るでしょうが、サービス開発に取り組む人であれば、本書で紹介されている事例の中で重要と思われるものを調べてみる価値はあると思います。

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