ジャーナリズムと飢饉
「ジャーナリズム」という言葉の値打ちは最近どんどん下がっているらしい。私も記者の端くれ。人ごとではない。
自問自答してみる。メディア、ジャーナリズム、そして「自由な言論」はなぜ必要なのか?
私が最もインパクトを受けたのは、インドの経済学者アマルティア・センの研究だ。彼はこう言う。第2次世界大戦の後に大飢饉が起きた国では、例外なく自由なメディアが機能していなかった、と(『貧困の克服―アジア発展の鍵は何か』、集英社新書)。
飢饉という現象は食糧不足が原因で起こるのではない、とセンは言う。不平等な社会で、生きていくのに必要な権利を剥奪されたグループの人達が、飢饉の犠牲者となる。飢饉とは、不平等がある所に起きる現象なのだ。
過度な不平等がある所で、人が死ぬ。
不平等とは、単なる経済的な格差ではなく、アクセスできる「情報」の格差でもある。
もちろん「言論が飢饉を救う」といった「近似的な/まるめた」理解で満足してはダメだ。メディアが機能することは、その社会が健全であるかどうかを判断する指標なのだ。

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